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    富田の仲買は表向きの商売ではなかつた。彼には小造りではあつたが格子戸の入つたしもたや風な家もあるし、山林や田地も人並みには持つていた。だが、それも地主として納るほどではない。用があつてもなくても、何となく用ありげな顔で方々に現れては話しこむ。そして、他愛のない噂話や雑談の中から自分の儲け口を見つけるのに妙を得ていた。彼はあらゆることに、例へばどの田は段あたり何斗米がとれるかも知つていたし、河原町近在の山もどこからどこまでが何某の所有であるかも、時にはあらかたの立木の数ものみこんでいたし、或る家では地所を拡げるために境界の石をこつそり一尺ほど外に置き換へたのだといふ類たぐいにいたるまで通暁していた。おまけに口達者だつた。したがつて多少煩さがられながらも、用のある時にはたしかに重宝な人物にちがひなかつた。恐らく彼自身もそのことはわきまへていたのだらう。何となく小莫迦にされながらも、今日ではどこの家へも自由に出入りできる特権のやうなものを自然と獲かち得ていた。同時にそれは一種鹿爪らしい表情となつて現れていた。

    この廃坑は旧幕時代の末頃まではまだ採掘されていて、これあるがために河原町は当時幕府直轄の天領となつていた。そして、上流にある城下町の藩主が参勤の途上この河を利用して下る時、天領との間に何か紛争の糸口のつくのを憚はゞかつて、河原町の傍を通る間は舟に幕をはり、乗組の者は傍見をして下つたと云ふ。それほどであつたから、この領内の民は他領との縁組を嫌ひ、他領から移り住む者を許さなかつたし、狩猟とか交通とかその他様々な点で非常な横暴と特権とを許されていたものだつた。

    二人は今船で流れの上を渡つていた。綱を手繰たぐる徳次のわきには房一が自転車のハンドルをつかまへて立つていた。全体に銀白色の金属でつくられたこの自転車はいかにも新しげだつた。それさへ、徳次の目には医療器具か何かのやうに特別な機械に見えた。

    だから、房一にしてみればわざわざ小面倒なところへ乗りこんで行つたやうなものである。それだけに房一は事前に大体の目算をつけていた。彼の計算によれば、彼の生家のある河場一帯はむろん彼の地盤に入るとして、河原町の川向ふは今まで何かにつけて町側に押されていたから自然その半ばは自分に着くと思はれた。その他の所、町場と近在については、この地域での大石医院の勢力は抜くべからざるものだし、又若しこれを強ひて侵さうとしたらそれはかへつて自分の身の破滅を来すやうなものだとは彼にも一目瞭然であつた。ただ近在だけは時日が経つうちには彼の腕次第で少なからぬ患者をひきつけることができさうに思はれた。だが、急せいてはいけない。それに、彼が社会的にも医師としても大石医院の後進であることは紛れもないことだつた。よし、こつちからうんと頭を下げて行つてやらう、仕事はそれからだ、と房一は強く胸の中で呟つぶやいた。

    さういふことで、彼は先づ一段の希望をかなへることができた。彼は二年間東京で法律書生として苦学したが、中途で方針をかへて医学をやることにした。これには例の伯父の意見が大分加はつていた。しかしこれも中途で兵役にとられたため、一寸一頓挫を来たした。彼は看護卒を志願した。二年の後彼は又東京へ出て来た。そこで様々な生活を経験した末、又もや医学をやる決心をかためた。その前後が彼としては一番危険な時期であつた。株式店につとめてみたり保険の外交員を志したり、それは自分の望みがいたる所で達しがたいと思はれる時の不安定な、投げやりにしてみたりとび立つやうな焦燥の念に駆られたりする、そして、様々な名誉や成功やが赭々あか/\と輝いて見える此の世間といふものの裏、物には必らず裏があるといふ事実をはじめて覚つて、そのために自分が素晴らしく大人になつたやうな気持にならされ、自分には世の中の裏を見抜く眼があるのだと過信する時期の、非常に不従順な暗い数々の失錯や不始末をやつた。その頃の彼は一体どんな職業に従事しているか解らないやうな風貌と服装をしていて、仲間のほかには誰も彼をあたり前な眼つきでは見なかつたし、彼の方でもそれを太々しく白眼視して過した。だが、仲間の一人が或る詐欺行為で警察に引つぱられて、彼も危ふくその連累を蒙るところであつたが辛うじて免かれた、その時以来彼はそんな生活に見切りをつけた。様々な関係から足を洗ふために、彼は一度故郷に帰つた。短い滞在であつたが、久しぶりに見る近親の温かさや故郷の山河が何年かの放浪生活のうちで疲れ汚がされ眠らされた彼の魂、成功の野心と正しい生活への慾望とをよびさました。

    鍵屋の隠居神原直造は老来なほ矍鑠と云つた様子だつた。

    房一はあの騒ぎの晩、土手に駆け上つた瞬間高張提灯の明りで見合つた喜作の、禅坊主めいた精悍な顔が、その後度々会つたにもかゝはらず、妙にその時の顔だけがいつまでも印象に残つていた。

    患者は満足してかへつて行つた。だが、房一は患者以上に満足していた。おれの云ひ方はあれでよかつたかな。もつと噛んでふくめるやうに話して聞かせるんだつたかなと、たつた今自分が云つたり、したことを、もう一度目の前に思ひ描きながら、房一は永い間廻転椅子の中に身をうづめていた。

    その苦痛を天城先生に訴えたら、洗眼器をかして下さった。入浴しながら、これを用いて、冷水で目を洗う。これを三分ぐらいやって、目をとじて、三十分、四十分、湯につかって、茫々去来するままにまかせておくのである。眼の疲れは急速に去った。目に水をそそいでから、ヌル湯にながく、ながく、ひたるということは、目の疲れとは別に、頭の疲れを払うためにもキキメがあるようだ。また入浴前に歯をみがいておくことも、いくらか入浴の頭に及ぼす効果を助けるようだ。

    「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――

    家の中でも彼は「悪たれ」であつた。一番上の兄は身体こそまだ大人ではなかつたが、一人前の野良仕事ができた。この兄は非常に無口で働き者であつた。次の兄も学校はすんでいたが、非常な好人物で、終日何を言はれても笑つていた。彼も野良を手つだつた。房一はけつして手つだひをしなかつた。どんなに叱られてもいつの間にか家を抜け出して、時には野良からそのまゝ近所の山へ木の実とりや河遊びに逃げ出した。たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくとも畔くろに腰かけて立去らずにいる時は、きまつて馬がいるのだつた。

    それから上着を脱ぐと、ワイシャツの袖をまくり上げて、診察にかゝつた。無造作にひよいと病人の瞼をつまみ上げ、めくつて、眼の色を調べた。半裸体のむき出しになつた腕をつかんで静かに屈伸させた。顔面の皮膚をひつ張る、足を立てさせる、今度は足の裏を見る、――それはまさに手慣れた、素速い、注意深い動作だつた。まさしく、医者といふものだつた。

    「いや、それあ貰つたのが分家だから、相手はやつぱり分家の喜作さんさね」

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