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読経がはじまつた。皆話をやめてその方を向いて坐り直した。
「いや」
と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。
それに、茂子がこんな風にひよいと家を出て実家へ帰つたまゝ、十日も二十目ももどつて来ないなんてことは、別に珍らしいことでもなかつた。たゞ、この半年ばかりは落ちついていたのである。もう慣れつこになつている。そのうち又舞ひもどつて来るだらう。来なければ来ないで、それでもちつとも差支へはない。要するに、どうでもよかつた。居ない間が気楽といふものだつた。
と、父親の顎のあたりに又目をつけた。
「まだなかなかでせう。永いこつてすよ」
河原町の人達は皆自家の仕事をはふり出して川に出ていた。彼等の悉くがこの時期には漁師になつたかのやうであつた。まるで諜しめし合せたやうに同じ麦藁の大きな帽子をかぶつて、白いシャツを着こみ、魚籠びくと追鮎箱とをガタつかせながら、めいめいの家の裏口から河原に現れるのだつた。
と、房一の近くで云ふ声が聞えた。今泉らしかつた。つづいて同じ声が
「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
「はあ、いや。もう手前どもは老いぼれ同然ですからな」
「半之丞の子は?」
「よし、それでは預つとかう」
心持照れ臭さげにしながらも、盛子は快活などこか家庭的な確しつかりさといつた風なものを現して、この一日造りの漁師達を眺めた。