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と、彼女は半ば問ふやうに、まじまじと徳次の顔を眺めた。彼はいつの間にか戸口から少し家の中へ入りこんでいた。だが、その奇妙な遠慮深さのために片手で入口の柱をつかまへたまゝ、宛あたかもまだ家の中へはすつかり入り切つてはいませんや、と云つているやうな恰好をしていた。その時盛子は男が今一方の手で平つたい笊を抱へているのに気づいた。その中には笹の葉のやうなものがのせられ、下では魚の腹らしいものが光つて見えた。
「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」
「さあね、もうかれこれ二十年にもなるだらうかね」
と、徳次は足を踏ん張つたまゝ今泉に云ひかけた。こんなに彼の方から話しかけるなんてことは滅多になかつたので、よほど虫のいどころがよかつたのだらうが、それでもいつものあの愚弄するやうな色は争はれなかつた。
家の中でも彼は「悪たれ」であつた。一番上の兄は身体こそまだ大人ではなかつたが、一人前の野良仕事ができた。この兄は非常に無口で働き者であつた。次の兄も学校はすんでいたが、非常な好人物で、終日何を言はれても笑つていた。彼も野良を手つだつた。房一はけつして手つだひをしなかつた。どんなに叱られてもいつの間にか家を抜け出して、時には野良からそのまゝ近所の山へ木の実とりや河遊びに逃げ出した。たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくとも畔くろに腰かけて立去らずにいる時は、きまつて馬がいるのだつた。
犬が何を見つけたのか、その時さつと身を躍らして傍の草地にとびこんだ。二三度そこらをぐるぐると廻ると、鼻の先に真新しい土をくつつけてまた房一の傍にもどつて来た。
練吉が元の座へ帰つてゆくと、房一はぽつんと一人とり残された。来客達の大半とはすでに顔見知りだつたにかゝはらず、今夜の席では房一は唯一の新顔だつた。
「さうなんです。ちやうどいゝ案配でした」
「大きいかね」
房一は苦が笑ひをした。
又立てつゞけに、一人でのみこんで、殆ど房一に口を開く隙を与へないこの男は、セルの単衣ひとへを着て、その上に太い白帯をぐるぐる巻きにしていた。角張つた頭骨の形がむき出しになつた円頂と、この白帯とがなかつたら、僧侶といふよりは砲兵帰りの電気技師にでも見えたかも知れない。彼は小学校の頃房一より四五級上だつた。その頃から彼はひよろ長い背丈の、時々くりくり坊主にされて、その青光る頭を振り立てて町場の腕白仲間の先頭に立つてのし歩いていた。さういふ目立ち易い恰好が相手には又とない悪口の種を与へたものだつた。小憎らしかつたその慓悍へうかんさが、今その倍増しになつた背丈と同じやうに彼の中に育つて、ちつとも坊主臭くない筒抜けな、からりとした性格に発展したやうであつた。高間医院の造作中に、彼は前を二三度通りかゝつて、「あんたは高間さんぢやないですか」と呼びかけた。
「おい、ビールは冷やしてあるかい」
「ほう。元気だね。ハッパでやられたかね」