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    「何でもないぢやないかね、君から聞いたとほりだ。心配することはないと思ふな」

    それから十二年の後である。明治元年の七月、越後の長岡城が西軍のために攻め落された時、根津も江戸を脱走して城方に加わっていた。落城の前日、彼は一緒に脱走して来た友達に語った。

    盛子は、歯切れのいゝピツと語尾の跳ね上るやうな調子で、愛想笑ひをしながら小谷に訊いた。

    正文はもう練吉に大した望みはつないでいなかつた。ただ一人前の医者にさへなつてくれたらそれでいゝと思つているらしかつた。それでも、目にあまるので何かと云ふと廃嫡といふ言葉を口にするのだつたが、効き目はなかつたやうである。そして、あんなに厳格だつた正文がこんなに度重る息子の不始末に、一々尻ぬぐひをしてやるのもふしぎであつた。

    別に会ふ気がなかつたから、と云ふ代りに、

    「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」

    「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」

    小谷が対岸から流れを指しながら叫んでいた。房一の竿の前を渡渉とせふするので承諾を求めたのだ。

    「どこの訴訟だ。なに鍵屋、うん、相沢か」

    喜作は、

    「それは、小規模な演習だからして居らん」

    「どこの帰りかね」

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